織田信長の城
「安土城」

近江の国、湖東の地に
その城はあった。
これこそ、天下布武をうたった
信長が誇った安土城である。

 
 
 
 
信長の菩提寺「摠見寺」

 
信長の菩提を祀る摠見寺も
安土城址にある。
安政元年の火災でほとんどを
焼失するも、二王門と三重塔は
国の重要文化財として今も遺る。

戦国武将「織田信長」

戦国大名の三英傑の一人、
織田信長。
信長が成し遂げたかった夢は
何だったのであろうか。

安土城址セレクト

2018.10.06 2018.10.06 2018.10.06

本丸跡

安土城天主から少し降りたところにある本丸御殿跡。「信長公記」によればこの建物には天皇を招き入れる「御幸の間」があったと記載されている。 その後の調査で慶長年間に改修された京都御所内の天皇の住居である清涼殿と酷似した構造...

天守跡

背丈ほどの高さの石垣に囲まれ、東西、南北それぞれ約28mの台地。今は礎石が1.2mおきに整然と並ぶだけであるが、この部分は、天主の穴蔵(地階の部分)にあたり、その上にさらに大きな天主がそびえていた。 五層七階(地上六階...

三重塔(重要文化財)

国の重要文化財。 山の中腹に見える三重塔は三間三重の塔で、屋根は本瓦葺き。室町時代の建物で、棟札に享徳三年(1454)建立、天文二十四年(1555)修理との墨書きがある。 天正三年~四年に信長公が甲賀の長寿寺(甲賀市石...

安土山保勝会よりお知らせ

お知らせ一覧

安土城址を散策する。

安土城址

織田信長公が天下統一を目標に、
天正四年(一五七六)一月十七日、重臣である丹羽長秀を総普請奉行に据え、
標高一九九mの安土山に築城させた平山城。
岐阜城よりも京に近い利便性があり、北陸・東海の要所であった。・・・

城址一周は約45~90分

受付を通って大手道を登り切ったあと天主閣方面に向かって右折する。信長公本廟に立ち寄ってから本丸跡を通り天守跡へ。
在りし日の天主閣を思いながら、来た道を戻って摠見寺跡方面へ。
大きな摠見寺跡からは西の湖が見渡せ、重要文化財の三重の塔や二王門をくぐり抜けて階段を降りていくと道なりに受付方面へ木立の中を歩いていける。

さらにくわしく

信長の菩提寺、摠見寺

摠見寺

遠景山摠見寺は、臨済宗妙心寺派の寺院である。
安土城築城築城(天正四年)の際、
信長公が他所より移築し自らの菩提寺とした。
信長の死後、安政元年、火災により本堂などを焼失。
今は礎石のみが三重の塔の北側に遺る。
昭和七年、仮本堂が伝徳川家康邸跡に建てられ、
現在に到っている。
信長公所用の鉄鍔、陣羽織が伝えられている。
不定期ではあるが、主に土・日曜日や祝日に
特別拝観(抹茶付)を実施している。

安土山の中腹にある三重の塔は、三間三重で室町時代の享徳三年(1454)に建立された。国の重要文化財に指定される。

三重塔

国の重要文化財である二王門も室町時代の建立で、信長公の命で甲賀から移築された。門内に安置される金剛力士像も同じく国の重要文化財。

二王門

昭和七年に徳川家康邸跡に建てられた、仮本堂として現在の摠見寺。毎年6月2日には信長公の菩提を弔う法要が行なわれている。
また、不定期ながら土・日曜、祝日の特別拝観には、信長公の尊像や本堂襖絵をご覧頂け、茶室にて呈茶を行なっている。

摠見寺仮本堂

特別拝観について